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第128回関西支部例会

  • 講師:コンペル・ラドミール氏(長崎大学准教授)
      :田嶋信雄氏(成城大学名誉教授)
  • 演題:(コンペル氏)「南西諸島における戦時から戦後への転換と沖縄の分離をめぐる軍民関係」
      :(田嶋氏)「1930年代の日本陸軍参謀本部第二部とドイツ国防省防諜部(Abwehr)」
  • 日時:令和6年4月13日(土) 14:00~17:00
  • 場所:名城大学ナゴヤドーム前キャンパスおよびZOOMオンライン会議

 令和6年度の関西支部第1回例会は、名城大学ナゴヤドーム前キャンパスでの対面形式とZoomオンライン会議形式の併用で開催された。

 コンペル報告では、第二次世界大戦終戦後の南西諸島からの引き揚げと復員が取り上げられた。この作業は膨大な事務量や準備不足のほかに、南西諸島が、外国なのか日本なのか明確でなかったために事態は複雑化した。外国であれば引き揚げがおこなわれるが、日本ではあれはおこなわれない。総司令部は、人道的観点から、沖縄からの軍人の本土引き上げをおこなった。さらには、奄美へ希望する人を「非日本人」と分類し引き揚げをおこない、同じ過程で「琉球人」が作られることとなった。未解決の問題であった沖縄在住者や出身者の帰属は、引揚げをきっかけに、米国や日本により「処分」されることとなったとされる。この報告は、従来研究が薄かった分野における堅実な実証的研究である。

 田嶋報告では、日本の参謀部本部第二部とドイツ国防省防諜部の協力の概要が報告された。両国ともソ連の接譲地域での諜報・防諜活動を伝統的におこなってきた。1936年の日独防共協定と関連する取決めにより、両者の協力は強化される。日本の参謀本部は、この前後からソ連に隣接する諸国に駐在武官を精力的に派遣した。しかしその中でも様々なトラブルが起きた。1936年6月、日本のイラン駐在武官が日本のイラン公使を監禁して、当該武官が国外追放になる事件。37年6月、日本の駐在武官が政府転覆計画のために、アフガニスタン政府から追放される事件が起きた。さらに、この報告でもっとも議論を呼んだのは、38~39年にかけて、大島浩や馬奈木敬信らが、ドイツ国防省防諜部と協力し、反ソ運動家らとともにスターリン暗殺を計画したが、失敗に終わったことであった。ドイツとの協力は、39年8月の独ソ不可侵条約で終わりを迎えた。しかしこのような防諜活動の主要な部分が、ソ連側にわたっていたことが戦後明らかにされた。この報告はテーマの大きさ、ならびにその物語性の面白さのために、大変興味深いものであった。

活動報告

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