日時 平成29年5月27日(土)~28日(日)
場所 舞鶴赤れんがパークおよび舞鶴引揚記念館・海上自衛隊舞鶴地方総監部
今年度の年次大会は、共通テーマとなった「復員・引揚・抑留」と歴史上深いかかわりをもつ舞鶴において、二日間にわたって開催されました。第一日目は午前中に総会が開かれ、午後には立正大学特任教授増田弘氏から基調講演を頂いたのに続き、「復員・引揚・抑留」をテーマとしたパネルディスカッションと個人研究発表(三会場六名)がおこなわれました。第二日目は舞鶴引揚記念館において、舞鶴市市民文化環境地域づくり・文化スポーツ室文化振興課文化振興係長の吉岡博之氏による特別講演を聴講したのち同記念館を見学。続いて舞鶴港クルーズ、旧北吸浄水場第一配水池・舞鶴地方総監部海軍記念館・東郷邸などの史跡研修をおこないました。第一日目の年次大会には市民の一般参加を含めて一三〇名余の参加者があり、第二日目の史跡研修には七二名の参加者がありました。
五月二十七日(土)には、赤レンガ二号棟の多目的ホールの大会会場において、午前十一時十五分から総会が開かれ、左記の議案に関する審議・報告がおこなわれて、何れも異議なく承認されました。一 平成二十八年度事業報告及び収支決算報告、会計監査報告
二 平成二十九年度事業計画及び収支予算案
三 平成二十九年度阿南・高橋学術奨励賞選考結果報告このうち阿南・高橋学術奨励賞は、『軍事史学』に掲載された論文の中から最優秀論文を隔年で選考するもので、厳正な審査の結果、今回の受賞は陸上自衛隊幹部学校の齋藤達志会員による論文「西南戦争にみる日本陸軍統帥機関の成立過程とその苦悩」と決定しました。
昼食をはさんで十三時から、舞鶴市長多々見良三氏から歓迎のお言葉をいただきました。多々見市長の御挨拶では、共通テーマのうち特に「復員」と舞鶴との関係に言及され、地域にとっての体験的な歴史としての意義を強調されるとともに、軍事史学会の舞鶴大会開催に対する歓迎の意を表していただきました。続いて十三時五分より増田弘氏による「南北日本人抑留の国際比較」と題する基調講演がおこなわれました。この講演では、まず抑留史研究における国際的視座の重要性とその意義が説かれ、第二次世界大戦後の日本人抑留について、英軍に抑留された「南方軍」と、ソ連軍に抑留された北方の「関東軍」を比較しながら、両者の事例研究に関する報告がなされました。さらに今後の研究課題として、戦勝国(連合国)側の抑留政策と敗戦国(枢軸国)側の被抑留状況について、グローバルな視点からの比較論考が進められることの必要性が提起されました。また個人史(主観)から全体史(客観)への転換を橋渡しする、資料展示施設としての平和祈念館の役割についても言及されていたのが印象的でした。次いで十四時四十五分からは、この増田弘氏に国文学研究資料館准教授の加藤聖文氏と、法政大学非常勤講師の小林昭菜氏を加えた三名のパネラーによるパネルディスカッションが、東京女子大学教授で本学会会長の黒沢文貴氏による司会でおこなわれました(ディスカッションの詳細については、『軍事史学』第53巻第3号(21~37頁)をご参照ください)。
さらに十五時五十五分から、会員の個人研究発表が次のような「共通論題」一セッションと「自由論題」二セッションに分かれておこなわれ、日ごろの研究成果が披露されました。
部会① 「共通論題」 司会:庄司潤一郎(防衛研究所)
戦後中国の復員問題―楊杰「復員問題」を手がかりにして― | 細井和彦(鈴鹿大学) |
冷戦下の慰霊と外交―ソ連墓参問題を中心に― | 浜井和史(帝京大学) |
部会② 「自由論題」 司会:稲葉千晴(名城大学)
戦後安保史研究における史資料環境の現状と課題 ―防衛省・自衛隊における行政文書管理改善を中心に― |
相澤輝昭(元防衛研究所主任研究官) |
旧海軍機関学校庁舎の建築史的意義 | 金澤裕之(防衛研究所) 伊藤綾(防衛省地方協力局) |
部会③ 「自由論題」 司会:河野仁(防衛大学校)
「軍事最高顧問」としての元帥府の再検討 ―元帥という人的構成の側面を中心に― |
飯島直樹(東京大学大学院生) |
南京要塞の軍事史的研究及び一考察 | 服部浩洋(会員) |
個人研究発表の終了後、十七時三十分から赤レンガ二号棟の多目的ホールにおいて懇親会が開かれ、来賓の方を含めて七二名の参加者があり盛会でした。この席上、舞鶴市から肉ジャガや蒲鉾といった当地の名産品の差し入れがあり、会員一同ご相伴にあずかって舌鼓をうちました。
五月二十八日(日)の史跡研修は、まずバスで舞鶴引揚記念館に向かい、九時から吉岡博之氏による特別講演「舞鶴における陸海軍関係建造物等の現状と課題について」を聴講しました。同氏は舞鶴地方史についての生き字引的存在であり、戦前の軍都としての舞鶴の歴史をはじめとして、今日まで現存する軍関係の諸施設に関する具体的かつ詳細な解説は、非常に興味深いものでした。その後引揚記念館の展示を見学し、モノとして残された資料を通してシベリア抑留の実状を感ずることが出来ました。ちなみに同館の収蔵資料のうち、「白樺日誌」や「俘虜用郵便葉書」・抑留風景を描いた「スケッチブック」など五七〇点は、「舞鶴への生還 1945―1956 シベリア抑留等日本人記録」として、平成二十七年にユネスコ世界記憶遺産に登録されております。
次いで十一時からは、舞鶴港遊覧船に乗ってクルーズをおこない、港内に停泊する海上自衛隊の艦艇を間近で見学しました。この日は天候に恵まれたこともあり、船上から見る舞鶴の山々の緑が目に沁みました。終戦後外地から復員してきた人々は、舞鶴港に入って緑の山々を見渡し、「やっと日本に帰ってきた」という感慨に浸ったといわれますが、まさにそうした心情が伝わってくるようでした。
赤レンガ桟橋に到着したのち、昼食に万願寺唐辛子の利いた舞鶴カレーを食べ、赤レンガパークで暫し自由時間を過ごしてから午後の研修に出発しました。午後の見学は、旧北吸浄水場第一配水池から始まりました。ここは舞鶴鎮守府の水道施設として明治三十四年に建設されたものであり、レンガ造りの導水壁がみごとに残っています。平成二十七年に公開された映画「日本のいちばん長い日」のロケでも使われたところです。
続いて海上自衛隊舞鶴地方総監部に赴き、海軍記念館を見学しました。およそ二〇〇点に及ぶ旧日本海軍の展示資料もさることながら、昭和八年に建設された大講堂は一見の価値がありました。研修の最後に、舞鶴鎮守府の初代司令長官となった東郷平八郎が二年間過ごした官舎跡(東郷邸)を訪れました。ここは現在も、舞鶴地方総監部の会議所として使用されることがあり、明治期に建てられた木造建築物としては保存状態が良好でした。
今回の年次大会開催にあたっては、舞鶴引揚記念館の山下美晴館長をはじめとして、舞鶴市の方々からの積極的なご協力を賜りました。お陰様で市民を含め一三〇名を超える多数の参加を得て、盛況のうちに二日間の日程を終えることが出来ました。会員一同、深く御礼を申し上げる次第です。
(文責・淺川道夫)