ご挨拶
軍事史学会会長
庄司 潤一郎
去る令和6(2024)年10月の大会において、新たな会長として選任されましたので、一言ご挨拶申し上げます。歴代会長のお名前を拝見しますと、その錚々たる顔ぶれに圧倒され身が引き締まる思いです。微力ながら尽力して参る所存ですので、よろしくお願いいたします。
軍事史学会は、戦後20年の昭和40(1965)年3月に創設され、来年設立60年を迎えます。創設の趣旨として、以下のように記されています。
「終戦後、歴史学の各分野はそれぞれの専門の研究者によって非常な発展を遂げつつあります。しかるに軍事史学の分野のみは、敗戦後の戦争を憎悪する国民感情の影響を受けて、その学問的研究も中断され、全くとり残されている状況であります。しかし歴史の進展は、人類の斗争の大なる影響を受けており、軍事・戦争に関する史的な研究を除いては、歴史の真実をあきらかにすることは不可能であり、また、平和を論ずることも困難であります。右の趣旨にもとづき、このたび、広く軍事に関する史的研究を目的として、軍事史学会を創立する」
このように、戦後軍事史は敗戦の影響によりタブー視されたため、本学会も厳しい状況が続きましたが、その後の日本社会の変化は軍事史をめぐる環境にも大きな影響を及ぼし、軍事史研究の裾野は格段に広がっていきました。
先ず担い手の面では、創設当初は、旧軍出身者、自衛隊関係者や愛好家が中心を占めていましたが、その後、戦後生まれへと世代交代がなされました。現在では、様々な領域の研究者のみならず、ジャーナリストや一般の人々にまで広がり、女性の研究者も見受けられるようになりました。
さらに、研究対象も、作戦・戦闘、戦略、戦術を中心とした「狭義の軍事史」から、戦争や軍事を過去の人間社会全般の営みとの関連でより広い視点から考察する「広義の軍事史」へと広がっていき、「新しい軍事史」、「軍事の新しい地平」とも称されています。それにともない、民俗学、教育学、社会学など隣接諸科学との連携も深まり学際化していきました。
このような変化の中、本学会も、先達の御尽力により、歴史学の学会として広く認知されるようになり、『軍事史学』も、大東亜戦争など日本近代の軍事史のみならず多岐に及ぶ広範囲の特集テーマを積極的に組んでいます。
一方、いくつかの課題が残されています。軍事史の大家であったマイケル・ハワード博士は、「広義の軍事史」に見られる「戦争と社会」など研究領域の拡大は、「郊外への飛躍」であると評するとともに、それがいかに発展しようとも軍事史の中心はあくまで軍事力の中核的活動、すなわち「戦闘」という伝統的な「狭義の軍事史」であると強調しています。日本においても、「広義の軍事史」の広がりにともなって、ともすれば「狭義の軍事史」が捨象されがちですが、軍事史の「原点」を見失ってはならないと思います。
また、外国の「軍事史」の研究では、戦争など人類の軍事的現象に関する軍事的視点からの分析も重点が置かれていますが、日本では、そのような手法は専門的素養が求められることもあり、歴史研究者による軍事的現象の歴史的アプローチが主流でした。今後は、歴史的分析のみならず軍事的分析にも注目していくべきでしょう。
いずれの課題の克服においても、軍事的専門知識という専門性が不可欠なことは言うまでもありません。
本学会顧問の戸部良一防衛大学校名誉教授は、「堅実な『軍人歴史家』の存在と純粋歴史家との対話は、軍事史学全体の発展にとって欠くことのできないものである」と指摘していますが、その対話の場として本学会の役割は益々大きいものがあります。
文官研究者として防衛研究所戦史研究センターに38年間在職していた経験を、少しでも生かすよう尽力していければと考えております。
改めて、軍事史学会の活動に対する、会員の皆さまからのご支援とご協力を是非ともお願い申し上げます。