◇関西支部

第109回関西支部定例研究会

講師  奥田 泰広氏(愛知県立大学外国語学部准教授)
演題  「冷戦初期イギリスの対中インテリジェンス(1948-50年)」
日時  平成28年8月6日(土) 午後2時~午後4時
場所  大阪学院大学

 1949年10月10日、中華人民共和国が成立した。「英米特殊関係」にも関わらず、イギリスは、引き続き国民党政権を支持するアメリカの方針に反して、北京を承認する。従来は香港のためとされたこの決定を、今回の報告では情報史研究という斬新なアプローチで切り込んだ。そのため、例会ではいつになく活発な議論が巻き起こり、研究報告の時間よりも長くなった。


第108回関西支部定例研究会

講師 大谷正氏(専修大学文学部教授)
   飯田洋介氏(岡山大学大学院教育学研究科准教授)
演題 (大谷氏)「日清戦争と名古屋」
   (飯田氏)「ドイツ統一戦争とビスマルク外交」
日時 平成28年2月27日(土)午後2時~午後5時
場所 名城大学名駅サテライト(MSAT)

 大谷報告では、日清戦争の戦争情報がどのように名古屋にもたらされ、地域住民にどのように影響を与えたのかを研究するために、『扶桑新聞』派遣の日清戦争従軍記者・鈴木経勲の活動について検討された。鈴木は、滞在した朝鮮・満州の風物・住民のありさまと体験した戦場の様相を、口語体に近い文体による記事だけでなく、自身のスケッチや写真を使って、リアルに伝えたことが紹介された。
他方、飯田報告では「鉄血宰相」ビスマルクの外交が検討された。彼が目指していたのは大国としてのプロイセンの国益追求であり、ドイツ統一には当初否定的ですらあったという従来の研究成果に立脚して、何故ドイツ統一事業に乗り出すことになったのかという問題が詳細に追求された。


第107回関西支部定例研究会

講師 山口悟氏(大阪学院大学商学部准教授)
演題 「ジュトランド論争とジェリコー」
日時 平成28年1月23日(土) 午後2時~午後5時
場所 大阪学院大学

第一次世界大戦最大のジュトランド海戦において、イギリス海軍はドイツ主力艦隊の撃滅に失敗。この責任の所在をめぐり、「ジュトランド論争」が展開した。ここにおいて、イギリス主力艦隊を率いたジェリコーが一つの焦点となり、海戦の決定的勝利を逃した人物として彼への批判、あるいは弁護が展開された。報告では、ジェリコーは、過度の危険を冒さずにイギリスの海上優勢の維持、つまりは大艦隊の戦力優勢の保全という最高位の戦略的要求を満たしつづけたという肯定的評価が下された。


第106回関西支部定例研究会

講師 金文子氏(朝鮮史研究会会員)
    D.B.パヴロフ氏(ロシア科学アカデミー・ロシア史研究所副所長)
演題 (金氏)「日露戦争と大韓帝国-日本海軍の通信戦略を中心に」
    (パヴロフ氏)「第一次世界大戦と日露関係-ロシア側史料からの検証」
日時 平成27年10月3日(土)午後2時~午後5時
場所 名城大学名駅サテライト(MSAT)

 金報告においては、日露戦争開戦に至る過程で、日本が韓国から通信権を奪い、通信支配を確立するプロセスがミクロの視点から分析された。このことが日本の韓国における勢力圏確立にとって大きな意味があるという見立てである。他方、パヴロフ報告では、第一次世界大戦時の日露関係の概観が提示された。その中心となったのは日本のロシアに対する大量の軍需品輸出であった。さらに相互に中国における影響範囲も認めあった。二つの報告とも、広い意味で日露関係に関わるものであり、それぞれユニークな視座からの報告であった。

 


第105回関西支部定例研究会

講師 幡新 大実 (会員)
演題 「昭和維新と軍刑事法」
日時 平成27年7月11日(土)午後2時~午後5時
場所 大阪学院大学

戦陣訓がつくられたのは「支那事変」における軍紀の乱れを契機とする。その乱れの原因は何か、軍律の観点から考えるというのがこの日の報告のテーマである。報告者が注目するのは満洲事変。その際司令官に対して自衛官の行使をやむなしと誤認された参謀たちは、法的には、「司令官外国に対し故なく戦闘を開始」するという擅権罪という死刑しか量刑のない重大犯罪の教唆犯に当たるはずである。しかしそれどころか彼らは論功行賞の対象となった。このことが戦陣訓を必要とする軍紀の乱れを生み出したという。
この日の報告は活発な議論を生み出し、議論の時間が報告の時間を大幅に上回った。


第104回関西支部定例研究会

日時 平成27年4月25日(土) 14:00~17:00
場所 名城大学名駅サテライト(MSAT)
講師 横山久幸(防衛大学校総合安全保障研究科教授)
    麻田雅文(岩手大学人文社会科学部准教授)
演題:(横山氏)「武器輸出から見た陸海軍の対中政策」
    (麻田氏)「ソ連、特別赤旗極東軍の栄光と転落-奉ソ紛争、満洲事変、張鼓峰事件-」

 今回の例会を貫くテーマは、20世紀前半における東アジアの国際関係史であった。横山氏の報告では、第一次世界大戦期における日本陸海軍の中華民国に対する武器輸出の態様の差異に焦点をあてたものであった。陸軍の積極さと海軍の消極さが浮き彫りにされ、その原因が考究された。麻田氏の報告は、特別赤旗極東軍の生成から解体を通じて、1920年代から1930年代のソ連の極東政策が考察された。スターリンの宥和と包囲をとり混ぜた対日外交と、それと必ずしも調子が合わない大粛清による極東軍事力の再編など興味深いテーマに関して活発な議論が行われた。
 


第103回関西支部定例研究会

講師 竹本知行(同志社大学法学部助教)
演題 「山田顕義の欧州体験と明治6年『建白書』」
日時 平成27年2月21日(土)午後2時~4時
場所 大阪学院大学
人数 17名

この日の報告は、「日本のナポレオン」とも称される山田顕義が、岩倉使節団の基調報告として提出した「建白書」を巡るものであった。それは当時施行されつつあった徴兵令の延期を説いていた。山田は、明治3年に徴兵規則の実施を主導していたのであるから、この内容をどう理解するか。報告者は、山田を欧州で案内した渡六之助の未公表日記を利用して、その謎に迫る。そこから山田の渡欧の軌跡をたどり、彼がスイスの軍制からも大きな影響を受けていることを解き明かした。


第102回関西支部定例研究会

日時 平成26年10月4日(土) 14:00~17:00
場所 名城大学名駅サテライト(MSAT)
講師 宮崎千穂(名古屋大学国際言語文化研究科)
    福田眞人(名古屋大学国際言語文化研究科)
演題:(宮崎氏)「日本最初の梅毒検査:ロシア艦隊による梅毒との『闘い』」
   :(福田氏)「梅毒と日本最初の横浜梅毒病院:軍人の健康を守る」

今回の例会はいつもとは趣きが少しばかり変わり、梅毒をテーマにした疾病史・社会史の観点から2つの報告であった。もちろん、梅毒が伝染病である以上、軍隊とも無関係ではありえない。感染を予防するための梅毒検査の経緯ならびに展開が問題となり、この2つの報告でも詳しく説明がおこなわれた。さらに日本で最初の梅毒検査についても多くの時間が割かれた。1860年の長崎におけるロシア水兵相手の娼妓に対しておこなわれたものである。参加者は決して多くなかったが、逆にその分深い理解に到達できた。

  



第101回関西支部定例研究会

講師 面地敦氏(桃山学院大学非常勤講師)
演題 「15世紀前半ヴェネツィア共和国の軍管理」
日時 平成26年4月26日(土)午後2時~4時
場所 大阪学院大学

この日は、15世紀前半のヴェネツィア共和国のイタリア本土における軍事組織の中における、コッラテラーレという職務とそれに就いた重要人物であるベルペトロ・マネルミについて報告がなされた。コッラテラーレの機能は、都市における募兵や駐屯兵士たちの給料支払等をおこなうことから、傭兵隊長との契約の更新や監視など多岐にわたっていた。報告が極めて専門的にわたっていたので、この日の報告に対しては、初歩的な質問が目立ったが、報告者は丁寧に噛んで含めるように参加者の理解を深めることに努めた。


第100回関西支部定例研究会

1.期日:平成26年1月11日(土) 14:00~17:00
2.場所:名城大学名駅サテライト(MSAT) 
3.講師:中田 崇(日本大学文理学部人文科学研究所研究員)
     :飯倉 章(城西国際大学国際人文学部教授)
4.演題:(中田氏)「日中戦争期における中国国民党中央宣伝部国際宣伝処の対米宣伝工作」
     :(飯倉氏)「第一次世界大戦期のドイツの諷刺画に見る“敵国”日本-『黄禍論と日本人』を基にして-」

中田氏の報告では、国民党国際宣伝処のエージェントである、オーストラリア人新聞記者ティンパリー(Harold J. Timperley)の対米活動が、資料に基づき極めて丁寧に説明された。彼は、トランスパシフィック・ニュースサービスの陰の責任者として、米国でニュースを配信した。その結果、米国における中国支持の声が高まった。
飯倉氏の報告では、ドイツのいくつかの雑誌に見られる日本の風刺画十数葉を手掛かりにして日本イメージの変遷が語られた。英国に操られるサル、「黄禍の図」のパロディー、または、髭を生やした出っ歯の軍人像などが紹介された。これらの風刺画の背後には、ドイツ世論の日本観がうかがわれるというものであった。
 


第99回関西支部定例研究会
1.期日:平成25年10月19日(土) 14:00~16:00
2.場所:大阪学院大学 5号館地下2階第2会議室(05-B2-02)
3.講師:久野潤氏(大阪国際大学/皇學館大学非常勤講師)
4.演題:「大日本帝国海軍と神社-防護巡洋艦『矢矧』を例に」

古来日本では船霊信仰があったが、戦前の大日本帝国海軍においても軍艦の守護神として神棚が祀られていた。伊勢の皇大神宮別大麻、武神として崇められた香取神社、海軍ゆかりの深い東郷神社、艦名が地名由来の場合は、その国名・山岳・河川ゆかりの神社からご祭神が分霊された。あまり探求されることがなかった艦内神社について、この報告では、戦艦「香取」、戦艦「石見」、防護巡洋艦「矢矧」等の実例を引いて、その実相が丁寧に報告された。

第98回関西支部定例研究会

         記
1.期日:平成25年7月13日(土) 14:00~17:00
2.場所:名城大学名駅サテライト(MSAT)
3.講師:成田富夫(会員)
    宮杉浩泰(明治大学客員研究員)
4.演題:(成田氏)「ディロンの第一次ロシア革命についての見方」
    :(宮杉氏)「独ソ開戦以後の日本の対ソ情報活動と戦中期対ソ認識」


 この日の前半は、アイルランド出身のジャーナリストE.J.ディロンの第一次ロシア革命に関する見解が詳細に報告された。自由主義的ジャーナリストである彼は、議会主義的な穏健な方向に革命が進行することを期待するが、事態は、彼の期待とはうらはらに、極端な階級主義の方向に進んでいったことが説明された。
 後半は、日本の対ソ情報解読のための、ドイツとの協力とその成果についての研究発表であった。アメリカが解読した日本の陸軍の情報のコピー、ソ連の暗号解読の成果を示す史料が配布された。また報告はそれにとどまらず、第二次世界大戦終わりまで、日本の政策決定者が、ロシアの仲介に期待を寄せ続けた原因の考察がおこなわれ、その中で、ソ連が流す欺瞞情報の痕跡が残る史料も提示され、大変興味深かった。

  


第97回関西支部定例研究会

1.日時:平成25年4月27日(土) 14:00~16:00
2.場所:大阪学院大学 17号館1階
3.講師: 米田富彦氏(同志社大学嘱託講師)
4.演題:「日欧比較軍事史-16世紀における日本とスペインとの軍事史上の共時性(シンクロニシティ)に関する一考察-」

 講師は、16世紀におけるスペインと日本の軍事史上の革命的事象について、共時性を指摘した。まず、チェリニョーラの戦い(1503年)と長篠の合戦(1575年)の比較をおこない、そこに火器の集団的利用、塹壕・障害物の利用、従前の敗北の経験とその分析、情報操作等々の類似点が見られると指摘。さらに、両国の比較史的考察をおこなった上で、二つの軍事事象を結ぶ媒介者として宣教師の果たした役割について論じた。報告は現代までを射程に入れたものであり、かつ大変熱のこもったものであったので、参加者間の熱を帯びた質疑がおこなわれた。


第96回関西支部定例研究会

1.日時:平成25年1月12日(土) 14:00~17:00
2.場所:名城大学名駅サテライト(MSAT)
3.講師:守屋純(名古屋市立大学)
     島田大輔(早稲田大学大学院)
4.演題:(守屋氏)「守屋純『独ソ戦争はこうして始まった』(中央公論新社)の解説・解題と書評会」
     (島田氏)「東京朝日新聞記者・大西斎の中国論 ―満州事変勃発に至るまでの変遷―」


 守屋氏からは、『独ソ戦争はこうして始まった』執筆にあたり、その調査の中で出てきた問題点が提示された。スターリンについては、その戦略に関して、「チェスの名手」、「200%の確実性」を求めるというイメージが形成されている。しかしスターリンは、外交に関して、いわれるほど先を見越した名人とは言えないのではないかという論点が提示され、それを巡って議論がおこなわれた。
 島田氏は、東京朝日新聞が、満州事変にさいし、それを容認する「社論の転換」をおこなたことについて、これを外的要因、すなわち軍部・右翼からの圧力・不買運動のせいにすることに疑義を提示した。そしてその基礎的研究として、東京朝日社論転換の張本人と言われている大西斎(1889-1947)の、1920年頃から31年頃までの中国認識が検討された。
 二つの報告とも史料に基づきながらも大変論争的で刺激的な発表であった。

 


第95回関西支部定例研究会

1.日時:平成24年10月20日(土) 14:00~16:00
2.場所:大阪学院大学
3.講師: 中村武生(京都女子大学講師) 4.演題:「禁門の変の戦争過程-近世都市惣構の実態解明のために-」

 常識とは異なり日本の近世都市は土塁・堀などの施設=惣構(そうがまえ)で取り囲まれていた。京都もその一例であり、惣構は江戸時代を通じて維持管理され、1889(明治22)年仮製の2万分の1地形図に、ほぼその痕跡を見ることができる。
 この日の報告は、禁門の変を事例として、惣構の軍事施設としての側面が検討された。だが、このとき惣構は防衛線として利用されなかった。全長23キロメートルと兵力に比べて惣構が長すぎたこと。さらに出入り口が70か所以上あり防衛に適切でなかったこと。そもそも京都の場合、都市の区画として作られ、実戦向きには構築されていなかったことがその理由である。最後に、惣構を都市防衛のために利用することが考えられた事例として、姫路、長岡の例が指摘された。


第94回関西支部定例研究会

.日時:平成24年7月14日() 14:00~17:00
.場所:名城大学名駅サテライト(MSAT)
.講師:大野哲弥(国際通信史研究者)
              石川徳幸(日本大学法学部助手)
.演題:(大野氏)「明治期の軍事通信-海底ケーブルと無線通信-」
              (石川氏)「日露開戦論とマス・メディア:対露強硬派のメディア利用に関する一考察」

 この日の報告は日露戦争に関わるものであった。軍事通信に関する大野報告では、日露戦争前における海底ケーブル敷設状況を論じた後に、この戦争において、新しい技術としての無線通信がいかに使用されたのかを、黄海海戦、蔚山沖海戦を用いて説明した。

他方石川報告は、前半においては、日露戦争前における、東京で発行された主要6紙のロシア関連記事の量的分析を通じて、明治36年10月のロシア第3次撤兵期限に、記事量が最大になること、主要紙の対露開戦論への転換の時点もほぼこの時点に当たることを示した。後半においては、例外的に早期に対露開戦論を主張した『日本週報』とその編集に携わった五百木良三について紹介がおこなわれた。

 


第93回関西支部定例研究会

1.日時:平成24年4月21日(土) 14:00~17:00
2.場所:大阪学院大学
3.講師:馬原潤二氏(三重大学准教授)
4.演題:ドイツ啓蒙主義と国民軍思想 -フリードリヒ二世とカントの軍隊観から-

 講師は、近代ドイツの出発点にあたり、大きな影響を与えたフリードリヒ2世とカントの軍隊観の違いを手掛かりに考察を深めました。周知のように、フリードリヒ2世は、プロイセンの近代化を実現し、強大な軍事国家を形成しました。他方、啓蒙の理念に基づき永久平和を提唱したカントは、その名のもとに常備軍を否定しました。このように対立する軍隊観をもとに、啓蒙が抱える根本的問題について議論されました。14人と参加者は決して多くありませんでしたが、報告をめぐって熱い討議が展開しました。


第92回関西支部定例研究会

1.日時:平成24年1月21日(土) 14:00~17:00
2.場所:名城大学名駅サテライト(MSAT)
3.講師:李 洪錫氏(延辺大学歴史系副教授)
    三好 章氏(愛知大学現代中国学部教授)
4.演題:(李氏)関東軍憲兵隊と在満領事館警察機構の関係‐「間島」を中心にして
    :(三好氏)汪政権の清郷工作

 李洪錫氏からは、関東憲兵隊と領事館警察機構に関する両者の関係に関する報告がおこなわれた。とりわけ、満州国成立後の前者が後者を区処するプロセスが論じられた。さらに逆にまた領事館警察の関東憲兵隊に対する協力について論じられた。総じてこの協力が、東北地方における抗日パルチザンに対して有効であったことが実証的に論じられるなど骨太の報告であった。
 他方、三好章氏からは、汪兆銘政権の清郷工作について報告があった。清郷工作とは、華中における治安政策である。その背景には、汪政府の支配する地域は、日本軍の直接援護を受けた南京などの都市に限られていたということである。1941年7月から第一次清郷工作は開始される。対象地域は、滬寧線以北長江以南の面積は1800キロ平方メートル。軍事行動は日本軍、汪政権は、治安確保後の政治経済工作をおこなった。
 少なくとも当初は清郷工作は効果を持ち、新四軍では清郷工作の深刻な影響を率直に認めていることが指摘された。だが、清郷工作は、1943年以降未完に終わった。その一因には、第二次世界大戦欧州戦線における枢軸側の状況悪化があると指摘された。


第91回関西支部定例研究会

1.日時:平成23年10月22日(土) 14:00~17:00
2.場所:大阪学院大学
3.講師:守屋 純氏(桜花学園大学講師)
4.演題:スターリンが恐れていた「挑発」とは何であつたか
 
 講師は、独ソ戦前にソ連側から出された「挑発」発言に注目していた。
これに関して、講師は、近年公表された1941年5月14日付のヒトラー発スターリン宛秘密書簡を挙げる(”Krasnaia Zvezda” 2003年4号)。
この中では、ヒトラーは、スターリンに対して、ドイツ軍のイギリスへの侵攻を示し、ソビエト国境に駐屯しているドイツ軍は、6月15~20日までに、西欧に移動する旨を知らせている。その一方で、ドイツ軍の一部の将校が、ヒトラーの意思に反して、イギリスを救うために独ソ国境で紛争を起こす可能性も示唆されている。
 この書簡の実在を疑問視する学説もあるが、スターリンの心理をうまくついたドイツ側の謀略かもしれないと考えられる。モロトフ(Vyacheslav Molotov)も、この書簡の実在を否定しない。ただしスターリンはこのようなことを信じるほどお人よしではないが、ロシア側はヒトラーを味方につける方策を求めざるを得なかったとする。講師は、スターリンが、独ソ戦開戦前に「挑発」を頻繁に口にした、一つの原因がこの書簡にあるのではないかと考えられると報告を結んだ。


第90回関西支部定例研究会

1.日時:平成23年7月9日(土) 14:00~17:00
2.場所:名城大学名駅サテライト(MSAT)
3.講師:菅野直樹氏(防衛研究所主任研究官)
     花田智之氏(防衛研究所戦史部教官)
4.演題:(菅野氏)「防衛省防衛研究所所蔵「住谷悌史資料」について」
    :(花田氏)「19世紀ロシア帝国の辺境総督制-支配者としての軍人貴族たち-」

 猛暑の中、名城大学サテライト教室で研究会が開催された(参加者18名)。
菅野氏からは、報告者自身が、その整理・分類に携わった「住谷悌史資料」について説明がおこなわれた。住谷悌史(1896~1959)は、大正3年12月、主計生として歩兵第27聯隊第11中隊に入隊してから、主計少将として昭和20年の終戦を迎えるまで、一貫して陸軍経理畑を歩んだ人物である。報告においては、234項目にわたる住谷資料のタイトル一覧が提示され、その中から数点が紹介され、またこの資料を用いた研究の可能性が示唆された。
花田氏からは、ナポレオン戦争後におけるロシア帝国の支配領域拡大に、辺境総督制という統治機構が、重要な政治的・軍事的役割を果たしたことが指摘された。さらに、その辺境総督の中でも、カフカス総督を務めたミハイル・ヴォロンツォフ(Михаил Семенович Воронцов, 1872-1856)侯爵の統治政策と軍事政策が紹介された。
 ヴォロンツォフがカフカス総督を務めたのは、1845年から1854年であるが、そこに至るまでの時期は、ロシア領カフカスにおける、いわば「内憂外患」の時代であった。ヴォロンツォフは、「ロシア化政策」を強行せず、現地の行政・経済・文化の実態把握から始めた。そのうえで現地に適応した経済政策、行政改革、教育改革をおこなった。そのうえでカフカスのイスラム系の反逆者たちを山岳包囲作戦で追い込み、鎮圧したことが紹介された。

第89回関西支部定例研究会

第89回関西支部定例研究会(平成23年4月23日、於大阪学院大学)は、報告者御家族御不幸のために中止させていただきました。


第88回関西支部定例研究会

1 .期日:平成23年1月22日(土) 14:00~17:00
2 .場所:名城大学MSAT
3 .講師:松村正義氏(外交史家)
     寺村安道氏(立命館大学ポストドクトラルフェロー)
4 .演題:(松村氏)「日露戦争と日本在外公館の“外国新聞操縦”」
     :(寺村氏)「日露戦争と戦利・捕獲「洋琴」—日露戦争期における戦利品に対する一考察」

 極寒の中、名古屋駅前の名城大学サテライト教室で研究会が開催された(参加者16名)。
 松村報告は、最近公刊したばかりの著書『日露戦争と日本在外公館の“外国新聞操縦”』(成文社)に基づくもの。
 日露戦争において、明治政府首脳は、日露戦争を世界大戦化させないための世論づくりを重視した。すなわち当時54存在した在外公館は、「外国新聞操縦」という広報外交の活動を地球規模で展開した。政府関係者や新聞雑誌などのジャーナリズムや知識人などを通して一般人へ向け黄禍論反駁のための納得のできる情報を提供した。これは現在でいうパブリックディプロマシーであるという趣旨であった。
 他方寺村報告は、日露戦争の戦利品・捕獲品の中で、ひときわ異彩を放ち、今日全国各地に伝説を残す「洋琴(ピアノ)」の考察がおこなわれた。いわゆる「ステッセルのピアノ」である。その中でも本校報告では、茨城県水戸市大場小学校に保管されているピアノ(グロトリアン・スタインウィッヒ社製、1886年製造、製造番号6207)が特に取り上げられて、その由来が、堅実な史料操作に基づいて、考察された。


第87回関西支部定例研究会

1.日時:平成22年11月6日(土)
2.場所:大阪学院大学
3.講師: 辻田文雄氏(軍事評論家)
4.演題:「ノモンハン事件と軍事考古学-衛星写真でノモンハンの戦場を探査し、陣地の図を作成-」

 昨年9月の東京での定例研究会で好評を博した辻田文雄氏を関西にもお招きし、「ノモンハン事件と軍事考古学-衛星写真でノモンハンの戦場を探査し、陣地の図を作成-」とのタイトルで報告されました。
 今回の定例研究会には、いつもよりやや多い25人の参加者が集まり、辻田氏の研究への関心の高さが伺えました。
 辻田氏の報告では、グーグルアースでの衛星写真をもとに当時の陣地を再現し、徹底したフィールドワークによってそれを裏付けた成果が披露されました。当時の戦車や火炎瓶、また現地の状況などを画像によって紹介し、参加者の興味を強く刺激しました。
 最後に、辻田氏は、このような軍事考古学と軍事史学が連携することで、今後の研究がより進展するのではないかとの見解も提示され、締めくくられました。


第86回関西支部定例研究会

1 .期日:平成22年7月10日(土) 14:00~17:00
2 .場所:名城大学MSAT
3 .講師:李 盛煥氏(啓明大学校)
      千葉 功氏(昭和女子大学)
4 .演題:(李氏)「韓国から見た近代日本の戦争」
     :(千葉氏)「桂太郎発受書翰について」

 猛暑の中、名古屋駅前の名城大学サテライト教室で研究会が開催されました(参加者22名)。
李盛煥氏の報告は、日本の戦争、具体的には日清戦争・日露戦争・太平洋戦争が韓国でどのように見られているのかに関するものであった。
例えば、日本の韓国進出は、日本の安全保障と直接関係していると日本では理解されている。しかし韓国ではどうして、日本の安全のために、日本の植民地にならなければならないのかという疑問が根強い。そのために、日本の韓国進出を、帝国主義的膨張の結果と理解する考えにつながる等と説明がおこなわれた。
 さらに戦後の韓国の国際関係の理解枠組に対して、大韓帝国期の国際環境認識が強い影響力を持っていると指摘された(「旧韓末シンドローム」)。すなわち日本の影響力の増大は、韓国の安全を脅かすと考える傾向である。戦前の日本の戦争に対する懸念が、戦後の韓国の国際観に影響を及ぼしていたことが指摘されるなど刺激的な報告であった。
 千葉功氏は、桂太郎発信書翰を翻刻し、『桂太郎関係文書』(東京大学出版会)を刊行したばかりであり、さらに現在桂太郎発信書翰の収集を精力的におこなっている。この日は、書誌学的視点から桂太郎関係発受書翰を報告した。
 さらに大変興味深いことに現在集中の桂太郎発信書翰の中から、内容が充実している三通紹介された。第一は、明治27年12月31日付、石黒忠悳(大本営陸軍部野戦衛生長官)宛書翰である。日清戦争第一軍司令官山県有朋が、病気ならびに暴飲のために解任された事情を述べたものである。第二に、明治29年10月4日付、高島鞆之輔(第二次松方内閣拓殖大臣)宛書翰である。台湾総督であった桂が、高島に、台湾航海費の削減に反対することを述べたもの。さらに第三に、明治18年1月と推定される、在ドイツ青木周蔵宛の書翰。甲申事変における政府の政策を批判したものである。
 なお、桂太郎発信書翰については、本年度中に翻刻・刊行予定とのことである。




第85回関西支部定例研究会

1 .期日: 平成22年4月24日(土)14:00~16:00
2 .場所: 大阪学院大学 17号館1階 レセプションA会議室
3 .講師: 湊 晋平氏(会員)
4 .演題: 犬養内閣と満州事変
 この報告では、まず、国際政治史的観点から満州事変のオーソドックスな分析がおこなわれました。そのうえで、報告者の未公刊小説「青い手紙」が紹介されました。
 この小説は犬養毅内閣の満州事変への対応を主題とします。タイトル「青い手紙」とは、満州事変のさなか、張学良が犬養に宛てたとされる書簡です。報告者は、この「青い手紙」の内容を、当時の日中両国国政府の政策を考慮して、張学良の立場を割り出し、文学的手法で表現しました。
 犬養毅は、満州事変の穏健な解決をめざしていたのですが、日中が合同で政務委員会を作ることがその解決策の中核にありました。張学良は、このことを知り、自らを政務委員会の長に任命するように求め、その代償として彼が持っていた財宝を犬養に提供すると提案した。もちろん犬養はこのような申し出を一蹴したというものです。
 もちろんこの書簡の内容は創作でありますが、参加者の想像力を刺激することが多いものでした。


第84回関西支部定例研究会

1 .期日:平成22年1月23日(土) 14:00~17:00
2 .場所:名城大学MSAT
3 .講師:増田 弘氏(東洋英和女学院大学教授)
     松島芳彦氏(共同通信編集委員:前モスクワ支局長)
4 .演題:(増田氏)「フィリピンにおけるマッカーサー」
      :(松島氏)「シベリア抑留者七十六万人:ロシア側新史料の発見」

 名古屋駅前の名城大学サテライト教室で研究会が開催されました(参加者21名)。
 増田氏の報告は、すでに公刊されている『マッカーサー フィリピン統治から日本占領へ』(中公新書)をもとにした報告でした。日本では、マッカーサーという人物は、占領改革の観点から論じることが普通です。しかし増田報告では、マッカーサーが深く関与したフィリピンという視点から、今までの研究の再検討をはかろうとするものです。マッカーサーにとってフィリピンとは、日本の占領の予行演習の場であったと提起する刺激的な報告でした。
 他方松島報告は、昨年マスコミをにぎわせた、「シベリア抑留に関する新資料、七十六万人分がロシアで発見」という、センセーショナルな数字を含む報道の背景に迫るものでした。新資料とは、モスクワのロシア国立軍事公文書で発見された、抑留者個人登録簿の検索カードです。この検索カードの意義が説明され、それが抑留者の身元確定につながる可能性が指摘されました。
 増田報告が、従来のものとは異なる視座から歴史を眺めること、松島報告は、「新資料」とはどういうものであるかという批判的検討を行うことで、それぞれ、史学の醍醐味に迫るものでした。


第83回関西支部定例研究会

1 .期日: 平成21年10月31日(土)14:00~16:00
2 .場所: 大阪学院大学 17号館1階 レセプションA会議室
3 .講師: 広中一成氏(愛知大学大学院中国研究科博士後期課程)
4 .演題: 天津における金属献納運動(1940-1945)


 この日の研究会には、会員16人が参加しました。報告テーマは、1940年から1945年にかけて華北でおこなわれた金属献納運動について、天津の事例を考察するものでした。多数の史料を縦横無尽に解説する、大変丁寧な報告であり、現時点ではこのことに関する概説的研究のみが存在していることを勘案すれば、先駆的な報告と言えます。
 当初は、天津特別市の金属献納運動と日本軍の直接買い付けが、平行しておこなわれていたこと。太平洋戦争勃発とともに、天津特別市は日本軍と協力して献納運動を推進したこと。しかし献納運動は、目標量に届かなかったことなどが報告されました。
 報告後は、熱のこもった討議がおこなわれました。回収方法ならびに回収された金属の利用方法などという具体的的なものから、比較研究の必要性、はては史料の信頼性の問題という抽象的な議論までが戦わされました。

第82回関西支部定例研究会

1 .期日:平成21年7月25日(土) 14:00~17:00
2 .場所:名城大学MSAT
3 .講師:池井優(慶応大学名誉教授)
      庄司潤一郎(防衛省防衛研究所戦史部上席研究官)
4 .演題:(池井氏)「戦争と軍歌」
      :(庄司氏)「「日中歴史共同研究」に参加して-ドイツ・ポーランド教科書対話との比較を通して-」

 猛暑の中、名古屋駅前の名城大学サテライト教室において参加者19名で研究会が開催されました。
 池井氏の報告は、戦争と軍歌をめぐる、日清戦争から大東亜戦争、さらに戦後までを概観した報告でした。藤山一郎が慰問で、兵士のリクエストに応えて、排斥されていた「湖畔の宿」に応じ、監視者は見て見ぬ振りをしたなど興味深いエピソードが満載でした。講師は声が朗々と通り、語り口が滑らかで、歯切れが良く、あたかも講談を聞いているかのような気にさせらました。
 庄司氏の報告は大変アクチュアルな問題にかかわるものでした。その成果報告書の発表が延期されているので、共同研究をやらなければよかったという批判も出ている中、双方に歴史認識や方法論の違いを理解できた意義は大きいと述べられ、37年も継続しているドイツとポーランドの対話と比較して、今回の共同研究は出発点に過ぎないと冷静に指摘されたのが印象的でした。


第81回関西支部定例研究会

1 .期日: 平成21年4月25日(土)14:00~16:00
2 .場所: 大阪学院大学 17号館1階 レセプションA会議室
3 .講師: 高原秀介氏(京都産業大学外国語学部准教授)
4 .演題: ウッドロー・ウィルソン政権の対日政策

 この日の研究会の報告は、高原秀介氏の著書『ウィルソン外交と日本 : 理想と現実の間1913-1921』(創文社, 2006年)を基礎としたもので、ウィルソン政権期の対日政策の全体像を考察するものでした。具体的には、対華21か条要求、石井・ランシング協定、シベリア出兵、パリ講和会議の4つのトピックが扱われました。短い文章では意を尽くせませんが、大枠の分析枠組みの確かさとまた個別の事実の発掘においてもすぐれた報告でありました。
 雨天で条件が悪い中熱心な会員13名の参加があり、恒例のようになっている「司会者泣かせ」の熱心な討議も行われました。


第80回関西支部定例研究会

1.期日:平成21124() 14:0017:00
2.場所:名城大学天白キャンパス付属図書館1階視聴覚室
3.講師:松下佐知子(呉市海事歴史科学館学芸員)
      浅野豊美(中京大学国際教養学部教授)
..演題:(松下氏)「明治期における対外戦争経験と国際法解釈-有賀長雄を中心に?
      :(浅野氏)「浅野豊美著『帝国日本の植民地法制-法域統合と帝国秩序』名古屋大学出版会、2008年の意義と展望(書評会)

 雪が降り積む悪天候の中、15名の参加者が集まりました。
 先に報告した松下佐知子氏は、有賀長雄の明治期の国際法に関係する著作を読み解き、日本が「文明国」となっていく中でどんな問題を抱えていたのかを考察しました。有賀は、日本が非キリスト教国であるというハンディを背負っていて、それを克服するために日本にも「仁愛主義」があると主張しました。報告では、有賀のテキストの中で「仁愛主義」がいかに展開していったかの考察が行われました。
 後半は、浅野豊美氏が最近出版した、戦前の植民地法制に関する『帝国日本の植民地法制-法域統合と帝国秩序』の書評会が行われました。植民地を日本に組み込む中で、日本の法制度に馴染まない属人法が作られ、それがどのように展開し、解消されたのかについて、浅野氏から一般的な報告がありました。それから、秋田茂氏(大阪大学)がこの大著をいかに読むのかという補足報告がありました。
 報告後参加者から熱のこもった質問が行われ、進行担当者は時間配分に苦慮するほどでした。


第79回関西支部定例研究会

1.期日:平成20年10月18日(土) 14:00~17:00
2.場所:大阪学院大学17号館1階01会議室(RECEPTION A)
3.講師:小出輝章氏(同志社大学講師)
4.演題:戦後日本の政軍関係-文官優位制度を中心に

この日の報告は、戦後の日本の防衛政策を、文官優位制度という観点から俯瞰するものでした。歴史的に日本の防衛を捉え直すよい機会になりました。さらにそれだけでなく、自衛隊の運用が常態化するという最近の状況の中、制服組の立場が改善されるものの、文官優位制度はまだ維持されているという現代的課題にも踏み込むものでした。討議では、さらに具体的に歴代の防衛長官論から、国民の間における防衛問題に対する理解のなさに至るまで幅広く熱い論議が繰り広げられました。
この日の参加者は、20名でしたが、大学院生や、文民統制を卒論テーマとしている大学生など若手の参加が目立ちました。

第78回関西支部定例研究会

1. 期日:平成20年7月12日(土) 13:00~17:00
2. 場所:名城大学天白キャンパス付属図書館1階視聴覚室
3. 講師:戸部良一(軍事史学会副会長・防衛大学校国際関係学科教授)
       田嶋信雄(成城大学法学部教授)
4. 演題:(戸部氏)「外務省枢軸派とドイツ」
      (田嶋氏)「ナチス・ドイツと日中戦争」

当日、名古屋は三十℃を越える猛暑でありましたが、二十四名の参加者が集まりました。戸部良一先生は「外務省枢軸派とドイツ」、田嶋信雄先生は「ナチス・ドイツと日中戦争」と、ドイツをキーワードとする研究報告がなされました。その後の質疑応答も、白熱した議論がなされ、二時間半にわたって例会が行われました。また、今回は、大学院生をはじめとして若い研究者も参加され、これまで以上に充実した例会となりました。


第77回関西支部定例研究会の御案内

1. 期日:平成20年5月10日(土) 14:00〜17:00
2. 場所:大阪学院大学17号館地下1階04会議室(17-B1-04)
3. 講師:竹本知行氏(同志社大学講師)
4. 演題:大村益次郎の遺策の展開―大阪兵学寮の創業―

この日の研究会は、雨天と天候に恵まれませんでした。それにもかかわらず参加者は19人に上りました。この日の報告は、明治初年に短期間存在した大阪兵学寮に関するものでした。兵学寮は、大村益次郎の流れを汲むものたちが、将来の農兵徴募に向け、基幹となる士官を養成することを目指したという趣旨でした。大変丁寧で、刺激的な研究報告のあと、質疑応答が続きました。定刻の5時をすぎても終わりそうになく、会場の都合上、途中で打ち切らざるを得ませんでした。


第76回関西支部定例研究会

1. 期日:平成20年2月9日(土) 14:00~17:00
2. 場所:大阪学院大学17号館1階01会議室(RECEPTION A)
3. 講師:湊晋平氏(軍事史学会会員)
4. 演題:第2次世界大戦の日本の戦略的意思決定の分析


当日は大阪には珍しい降雪・積雪があり、例会の開催について少々心配されましたが、雪をものともしない熱心な会員が20名以上出席してくださり、無事に開催することができました。例会自体もいつもながら活発におこなわれ、研究報告とその後の質疑応答は熱の入ったものとなりました。寒い1日でしたが、アットホームな雰囲気のなか、熱い例会となりました。


第75関西支部定例研究会

1.期日:平成19年11月17日(土) 14:00~17:00
2.場所:大阪学院大学17号館1階01会議室(RECEPTION A)
3.講師:久野潤氏(大阪国際大学講師)
4.演題:第一次近衛内閣と支那事変拡大期における論壇の言説― 事変拡大の論理的支柱となった「国策知識人」たち

関西支部定例研究会は、年4回、大阪(大阪学院大学)と名古屋(名城大学)で交互に開催されています。参加人数は20名前後とそれほど多くはありません。参加者は、固定メンバーが多く、アットホームな雰囲気で研究会が行われます。しかしながら研究報告後の討議は、毎回熱がこもり、活発に行われ、司会者が時間配分に苦慮するほどです。この日(2007年11月17日第75回定例研究会)も、結局のところ、報告以外に1時間半以上にわたり討議が続きました。


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